この記事の目次
簡単なあらすじ
ワイド版第39巻収録。店の客・弥市に身請けされたおきよ。弥市は早くに病没したが、おきよの身体にのこった毒は残ったままだった……。盗賊との関わりあいを通して、女の性を丁寧に描き出した一編。平蔵らが味噌仕立ての猪鍋を食するシーンが妙に食欲をそそる。
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男と女の深い関係
盗賊、黒股の弥市を舟上から見かけた鬼平一行が後を付けると、一軒の居酒屋へと足を踏み入れる弥市。十両の大枚を親父に渡しておきよを請けるとの事で、おきよを連れ出した弥市を追う彦十。真昼間から男女の戦をおっぱじめる弥市とおきよだが、それを見守る彦十の表情も照れ臭そうだな。
弥市はその戦中に肺結核による吐血をして死ぬ。と、ここまでが前日譚だ。その後、大店の番頭直吉と所帯を持ったおきよではあったが、弥市との戦が忘れられないのか、四十過ぎの直吉とでは満足出来ないようだ。弥市の弟、これも盗賊の宗七と出会い、弥市の体を忘れられないおきよは宗七を激しく求めるようになる。
弥市に男の毒を注がれたおきよには逃れられない魅力だったのだろう。旦那の直吉が勤める大店への押し込み話にも乗ってしまうおきよだ。男の毒とはこれほどまでに強い物なのかと思うが、男と女の関係を軸に展開する一風変わったストーリーに仕上がっているぞ。
労咳はおそるべし
弥市とおきよの濡れ場で、弥市が派手に血を吐いて死ぬシーンがある。労咳(肺結核)による吐血と記載されているので、少しだけ掘り下げてみよう。口から血を吐く症状には2種類あって、胃や食道から出た血を吐いた場合には吐血、肺や気管から出た血を吐いた場合には喀血と呼ぶのだ。
弥市は労咳によって血を吐いたとあるので、これは吐血ではなく喀血が正しいと見るべきかな。労咳は肺結核の事と考えて良いだろう。結核菌という細菌による感染症で、肺に症状が出る事の多い病気だ。感染力も強いのだが、感染したからと言って結核が必ず発症するかといえば違うのだ。
実は発症する割合が比較的低く、データによると生涯に渡っての発症率は10%程度と言われているぞ。当時は不治の病とされていた労咳であったが、現代の医学では抗生物質による治療が可能とはなっている。しかし薬剤に耐性を持つ結核菌も確認されていて、世界中では死因の上位を占めている感染症である事には違いないのだ。加齢や栄養状態の悪化、免疫力の低下などで発症する事もあるので、弥市のように重症化する前には何とか発見したいものだ。
江戸時代にも肉を食べた?
おきよが弥市と死別した後、直吉と所帯を持った後の話になる。つまり時間軸としては本作における現在だな。彦十と鬼平が居酒屋を再訪した際に供された食べ物が“猪鍋”だ。あれ、江戸時代には生類憐みの令があるから獣肉は食べてはいけないのでは?と、それは正しいのだ。
ルールとしては禁止なのだが、実は江戸時代でも普通に食されていたという説が有力だぞ。猪肉(ぼたん)鹿肉(もみじ)馬肉(さくら)、これらの呼び方を聞いた事はあるだろうか。江戸時代に食肉は禁止されていた為に、このような隠語を用いて取引されていた訳だな。私たち江戸市民が食べているのは植物です、獣肉ではありません、と。
もっとも、猪肉はぼたんよりも山くじらの名称が一般的ではあったようだが。それ以外の獣肉も、薬と言い張ってみたり、鳥だから大丈夫と言い張ってみたりと、色々と食べまくっていたらしいのだ。両国橋のたもとにある、ももんじやという獣肉の店は江戸時代から残っている名店だが、ももんじやの屋号はかなり多かったとされるぞ。
ももんじ…百獣…百獣屋…なんともまぁ、ダイレクトな名称ではないか。さすがは江戸時代と笑ってしまうエピソードも色々と楽しめるのが鬼平犯科帳の魅力の一つだ。興味を抱いた方には、ぜひお勧めしたくなる漫画なのだ。
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滝田 莞爾
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