この記事の目次
簡単なあらすじ
ワイド版第49巻収録。火盗改方の中間・喜作が襲われた。ここ最近発生した事件と関わりがあるらしい。その事件とは金品は盗られないが、内臓を抜き取られるという奇妙な事件だった。そして被害者の共通点は、全員が寅年の生まれだった……。平蔵は幕府御様御用・山田浅右衛門に教えを請う。
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人膽(にんたん)とは?
タイトルになっているこの単語だが、まず読めない方が多いと思う。膽は胆の旧字なので、現代語で表記するならば人胆となる。人胆となれば分かり易いかもしれない、つまりは人間の肝や内臓といった意味になるぞ。
鬼平犯科帳シリーズの中でも猟奇的な雰囲気を持っている作品で、ホラーサスペンス要素の強いストーリーとなっているのだ。江戸時代の医学史、薬学史に留まらず、民間療法や伝承、漢方と蘭学など、当時の医療に係る文化を学ぶ切欠にもなるかもしれない作品に仕上がっているぞ。
女犯僧(にょぼんそう)
江戸時代、特定の宗派を除いては坊主が女性と肉体関係を持つことは犯罪とされていたのだ。本作に登場する坊主、春光は岡場所での女犯の現場を押さえられた事により悪事の道へと進む訳だが、それだけに留まらず宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)を悪事に利用するなど言語道断である。
宗門人別改帳は戸籍原簿や租税台帳のような物であり、檀家の家族構成などを記録しておくと考えると分かり易い。春光は改帳を悪用して特定の生年月日の人間を探し出していたとは、全く以てして恐ろしい話ではないか。
余談だが、坊主が他人の妻や妾と肉体関係を持った場合には身分に関係なく死罪だったようで、春光は誰かを傷つけるまでも無く死罪に値していたという事になるぞ。
生薬
漢方などでよく用いられる単語に生薬とあるが、これは有効成分を単離していない薬の事で、本作に登場する人膽も生薬の一種となるのだ。鬼平が作中で書簡を送った山田浅右衛門は、実際に罪人の胆を“人胆丸”という薬にして専売していたという記録が残っている。
効能としては肺病やマラリア、切り傷に良いとされていたのだが、これは迷信の域を出ないだろう。江戸時代にはまだ西洋医学よりも東洋医学の方が主流で、針治療や按摩、漢方薬の処方といった医学が一般的だったとされる。
その他には民間療法や伝承、物語として色濃く残っていた治療法も多くあったようだ。人間のあらゆる部位を薬に転じて利用していた記録も残ってはいるのだが、倫理的な問題だろうか動物で代替する事も多かったらしい。
現代でも熊の胆などを滋養強壮目的で取引する例や、胎盤由来プラセンタを使用する例など、生薬の伝統は残っていると言えるな。江戸時代の医学史を背景に捉えると、本作の猟奇的な犯罪もまた違った価値観が見出せて楽しめるのではないだろうか。
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滝田 莞爾
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