この記事の目次
簡単なあらすじ
ワイド版第17巻収録。鍵師の峰蔵が、忠吾を盗賊の”さむらい松五郎”と間違えて声をかけてきた。平蔵はそのまま松五郎に扮し、盗賊一味を誘い出すように忠吾に命ずる。平蔵、佐嶋、小柳も忠吾の手下に扮するが、忠吾の威張ること威張ること。そのうち本物の松五郎が登場し……。忠吾の演技力が光る、爆笑エピソード。
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忠吾の独り舞台
同僚に新妻とのノロケを煙たがられ、時として嫌味たらしくもなる、非常に人間らしい兎忠こと同心の木村忠吾。鬼平犯科帳の引き締まった空気を和らげる意味からも、なくてはならない人気キャラだ。忠吾のエピソードは多数あってその多くが女性絡みの失敗譚ではあるものの、本作はこともあろうに剣客と見間違われる事から始まるストーリーだ。
どうやら姿形から声までが瓜二つの“さむらい松五郎”と間違えられたらしい忠吾は、盗賊の潜入情報に繋がる伝手を得るのだ。鬼平にその事を伝えた忠吾、鬼平たち上司を手下の体にして一世一代の騙し芝居を決行するぞ。お役目とはいえども、忠吾の上役や同僚をからかうような言動と、それに対する上役たちの憤り描写もまた見ものだ。さて忠吾の芝居は功を奏すのだろうか、そして調子に乗った忠吾へのどんでん返しはいかに。
歌舞伎の名跡
忠吾が芝居を打っている台詞を聞くに、鬼平は忠吾の事を“五代目団十郎”に例えて評価をしていたな。ここで登場した五代目団十郎とは、歌舞伎役者が代々名前を継承する名前つまり名跡の事で、五代目市川團十郎の事を指すのだ。市川團十郎と市川海老蔵という名跡は非常に深い関係がある。
現代では海老蔵を襲名した後に團十郎を襲名する事が多いのだが、江戸時代では團十郎の後に海老蔵を襲名する事もあり、襲名の順番がルールとして存在している訳ではないぞ。五代目團十郎は51歳の時に改名したのだが、海老蔵ではなく同じ読みの鰕蔵(えびぞう)という文字を当てたのだ。
鰕は海老よりも劣る雑魚エビの事で、つまり祖父や父親の海老には及ばない、という謙遜の気持ちがあったとされる。江戸時代から現代まで受け継がれている文化は数あれど、役者の名前にまで及んでいたとは驚きだ。名前という私たちにとって身近なものにも江戸時代の名残がしっかり残っていると考えると、なんだか嬉しくなってしまうな。
際立つ忠吾のキャラクター
本物のさむらい松五郎の登場により忠吾の芝居もこれまでかと思いきや、さらに芝居を続けて盗賊を騙し続ける忠吾。本物と偽物の違いは額に走った刀傷だが、鬼平はその傷は兇賊に堕ちた証であると断罪するのだ。
本格の盗賊への助太刀から兇賊に加担する事となったさむらい松五郎に対して、鬼平は容赦なくその刀を以て裁くぞ。忠吾が騙し続けた盗賊には逃げられ、小馬鹿にしていた上役からは今後も睨まれ、芝居で調子に乗った分はしっかり後払いの忠吾でした。トホホ……というオチまで完璧な展開には、あっぱれだと感じたぞ。
おとぼけキャラ、失敗キャラ、女癖の悪いキャラなど、様々な表情を持つ忠吾だが本作において見事な芝居を演じた事で、木村忠吾という人物が鬼平犯科帳になくてはならないキャラとして確立したと思うのだ。忠吾ファンの読者の方にはぜひとも本作は押さえておいてほしい。
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滝田 莞爾

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