この記事の目次
簡単なあらすじ
SPコミックス第21巻収録。多くのファンがベスト・エピソードに挙げる、ゴルゴ13シリーズ屈指の名作と呼ばれるエピソード。ある殺しを請け負ったゴルゴ。そのターゲットはゴルゴ自身、忘れ得ぬ女性だった……。凄腕の女殺し屋、エバ・クルーグマンとゴルゴの再会シーンをはじめ、秀逸な描写が満載。見逃し厳禁の一編。脚本:沖吾郎
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情緒的なエピソードの理由
この『海へ向かうエバ』は74年発表と割合古い話だが、発表されてから今まで根強い人気を誇るエピソードだ。2018年にゴルゴ50周年を記念して開催された展覧会でも、強くフィーチャーされた。このエピソードは最新の社会問題を取り入れたシナリオでもなければ、ゴルゴのミラクルショットが見られる回でもない。何ならゴルゴの狙撃シーンは描かれてすらいない。ではどうして人気なのか。
それはこのエピソードがまごうことなきラブストーリーだからだ。しかもゴルゴ本人の。この回の脚本担当は沖吾郎とあるが、ファン諸兄はご承知の通りこれはさいとう・たかを氏本人だ。さいとう氏は人間ドラマが好きだと各所で語っているだけあり、この海へ向かうエバも緻密な考証はない代わりに恋の切なさと喜びがこめられている。

顔色が変わったことの意味
ゴルゴはターゲットとしてエバの写真を見た瞬間顔色を変えた。あの沈着冷静、どんな時も眉ひとつ動かさないプロフェッショナルが。さらにゴルゴはエバと再会した時3年6カ月ぶりだとさらりと答えた。ゴルゴにとってエバとの客船での出会いが心に残るものであったことは間違いがないだろう。
これが普通の恋愛小説や映画なら、ゴルゴはエバの狙撃依頼を受けなかったかもしれない。しかしゴルゴは依頼を受け、そしてエバの前に現れた。エバは言葉なくとも運命を知り、自身の仕事を捨ててひとりの女として死んでいく。ゴルゴは何を思って引き金を引いたのか、読者に知るすべはない。
美しく穏やかな女殺し屋の最後
「いや……偶然じゃあない!」「……じゃあな……エバ……」この二言でエバは自分が愛した男の正体も、自分の運命も悟り、受け入れる。最終章のサブタイトルは『エバは歌わなかった』。私は初めて読んで以来、ずっとこの言葉の意味を考え続けていた。劇作家のつかこうへい氏はこのラストシーンにエバがゴルゴとの子どもを夢見て、その子どもが過ごしたかもしれない時間を生きたのだと語っている。
つか氏の想像にすぎないが、それを読んで腑に落ちた気がした。きっとエバが歌わなかったのは子守歌なのだろう。エバは殺し屋ではなく一人の女性として美しく死んだ。子守歌を夢見て、歌わないままで。ゴルゴはその背をスコープ越しに見つめ続けた。彼なりの愛だ。

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大科 友美

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